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◆ ホーム >> 最新宇宙ニュース:2003年 >> MUSES-C打ち上げ成功 愛称「はやぶさ」裏話

さる5月9日1時29分25秒、鹿児島・内之浦のロケット発射場から、宇宙科学研究所の工学実験探査機MUSES-Cが打ち上げられました。3年前の苦い経験を乗り越える見事な復活の狼煙となりました。あたかも天に導かれるかのように、標準飛翔経路をなぞるように大空へ駆けのぼって行きました。
この探査機は、小惑星や彗星など太陽系の小さな天体のサンプルを地球に持ち帰るための一連の技術を確立するために計画されたもので、眼目となる技術的課題は4つあります。

第一は、イオンエンジンです。これまでロケット推進を代表してきた固体燃料や液体燃料を用いる化学ロケットが、燃料を燃やしてできるガスを噴射して推進力を得るのに対し、化学反応によらない物質の噴射を原動力とする推進方法がいくつか提案されて来ました。イオンエンジンはその一つで、イオンにした物質を電磁的に加速して噴射することによって推力を発生します。宇宙科学研究所の若い研究者の手になるイオンエンジンは、キセノンという物質をマイクロ波でイオン化し、それに強い電場をかけて加速します。イオンエンジンは、最近たとえばDS-1(ディープスペース1)という探査機にテスト的に使われたことがありますが、本格的な惑星探査ミッションの主推進用に使われたことはありません。地球周辺と小惑星までの惑星間空間を往復するために、今回はこの新開発のイオンエンジンが用いられるのです。イオンエンジンは推力は小さいので、地上からの打上げには使えませんが、いったん宇宙に出たペイロードをもっと遠くへ運ぶには、小さな推力で連続的にしこしこ加速しながら「塵もつもれば山となる」方式で結局は得になるというものです。これが無事に起動して、小惑星の近くまで行く長旅に成功すれば、日本は世界の惑星探査技術に大きな貢献をすることができます。その目安は1年後に控える地球スウィングバイまで持ちこたえるかどうかでしょう。

第二は、高度な自律型の探査機になっているということです。探査機と小惑星が出会う2005年の夏には、地球と探査機の距離は3億キロにもなります。光の速さで片道15分以上もかかってしまいます。こんなに遠くでは、「ちょっと右に」などと地上から指令を出しても、探査機からのレスポンスを聞けるのが30分以上も後になってしまって、元も子もなくなってしまいます。高い自律能力が要求される所以です。「はやぶさ」は、小型ながら光学カメラや搭載のコンピューターを利用して自分自身の判断と力で自律的に役目を果たして行くいじらしい探査機なのです。

第三は、小天体からの独特のサンプルの収集作業です。小惑星の表面に鉄砲玉のようなものを打ち込んで舞い上がった埃をカプセルに収納します。これは世界で初めての試みです。打ち出す玉はタンタルという金属でできているんだそうで、直径が8ミリ、重さ5グラムと聞きました。秒速300メートルくらいで打ち込むと、小惑星の表面から岩石のかけらや埃が舞い上がります。これをサンプラーホーンと称するサンプルの収集器に取り込むのですが、小惑星は重力がほとんどないので、ひとたび舞い上がった物体は落下しないでずっと上へ向かって動き続けるという利点があります。

第四は、惑星間空間から直接地球に帰還させる技術の確立です。地球以外の天体からの帰還はアポロ時代の月からの帰還があるだけなので、MUSES-Cがこれを成し遂げれば、世界でも先端的な技術をものにしたということができます。このような新鮮なアイディアが満載したMUSES-Cは、日本としては、これまで世界をリードしてきたX線天文学や宇宙プラズマ科学の天体物理学分野と並んで、太陽系の科学を一挙に世界の舞台へ押し出す大切な役割を担っていると言えます。

ところで、軌道に乗ったMUSES-Cは「はやぶさ」と命名されました。実験班の投票で集められた多くの名前では、最高得票が実は「あとむ」でした。太陽系「誕生」の謎に迫る探査機、来る10月の宇宙新機関の「誕生」、そして今年は鉄腕アトムの「誕生」の年という意味。アルファベットの名称としてもAsteroid Take-OutMissionとかAncient Times of Minor Planetsなどの名文句があったのですが、命名委員会では主として探査機グループの人が「ふわりと舞い降りて獲物をとって舞い上がる」イメージを推賞し、そちらが選ばれました。私は個人的には師匠の糸川英夫先生の設計になる戦闘機「隼」とか、かつて若い頃に東京から20数時間を乗ってはるばる西鹿児島までやってくる時の「愛用列車」だった寝台特急「隼」などの思い出もあります。

こんな内幕もありながら、「はやぶさ」は現在地球脱出軌道をひたすら航行しています。次の注目点は、(おそらく3週間後の)イオンエンジンの噴射開始です。御期待ください。(2003/5/13)

宇宙科学研究所 的川泰宣

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