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最初の誤算

1998年の7月8日に鹿児島・内之浦の発射場からM−Vロケットによって打ち上げられた日本初の火星探査機「のぞみ」が、正念場を迎えている。
火星へ!─打ち上げ後しばらく地球を周回した「のぞみ」は、二度にわたって月の重力を使って軌道を変更するスウィングバイを行い、さらに1998年末に地球のスウィングバイを行った。スウィングバイとは、天体の重力と運動エネルギーを利用して速度ベクトルに大幅な変更を加える技術である。燃料をほとんど使わないので省エネルギーの航法を実現することができ、惑星探査においては必須のテクニックとなっている。
1998年末の地球スウィングバイは、単に地球の近くをそのまま通り過ぎるだけでなく、少しだけ制御エンジンを噴かす「パワー・スウィングバイ」であった。その際、ヒドラジンを吐き出すスラスターの一つに不具合が生じるという事態に見舞われた。そのため厳密に計算され計画されたタイミングでの速度追加に不足が生じ、「火星にどうしても到着しなければ」という願いを込めて再度の噴射が行われたが、これによって制御用燃料を使いすぎたことが判明した。そのまま火星に接近する1999年10月にスラスターを噴かしても、燃料不足のため、計画した火星周回軌道に「のぞみ」を投入することは不可能になる見通しとなった。

最初の突破

さあ困った。宇宙科学研究所のミッション解析グループの苦闘が始まった。惑星探査の場合、相手は猛スピードで動いている物体である。道半ばにしてこちらの道筋を変更することは非常に難しい。問題は、「燃料不足を補う方法はあるのか」ということと、いったんデートの約束をしたのだが都合が悪くなったからといってどこかで「時間つぶしをした挙句、結局はハッピーに会う方法があるのか」ということにしぼられた。
一般に、いったん軌道に送られた衛星は波乱万丈の一生を送る。無傷で全く何の問題もなく活躍して天寿を全うする衛星なんて、おそらく一つも存在したためしはないであろう。何か事が起きたとき、その「事の致命性」が最も重要なファクターであることは論を待たないが、人間業に属する事柄であれば、衛星チームのリーダーの指導性と班員の高い能力と献身性こそが、問題を乗り越えられるか否かの大きな分岐点となることは疑いない。どんなに素晴らしい順調に素晴らしい業績をあげた衛星や惑星探査機でも、その主要なスタッフに訊ねてみるといい。とてつもなくピンチな状況をいかに英雄的に乗り越えてきたか、わくわくするようなエピソードを語ってくれるに違いない。
「のぞみ」については、今のところ最も危機的な状況の訪れたのが、この1998年の暮れだった。宇宙科学研究所のミッション解析グループの死に物狂いの格闘が始まった。グループは1998年の年末と1999年の年始を返上して懸命の「新軌道発見」に取り組んだ。そして白々と1999年の扉が開いた頃、ついに探し求めていた軌道が見つかったのである。このまま「のぞみ」を太陽中心軌道に放置し、さらに二度の地球スウィングバイを敢行して軌道を変更すれば、2004年の初めには予定した火星周回軌道を達成できることが分かったのである。頭脳とコンピュータを駆使した不眠不休の、一糸乱れぬ奮闘の勝利であった。

転んでもただでは・・・・

ただし問題点がないわけではない。「のぞみ」はすでに惑星間空間にあって、太陽中心軌道上にある。4年間の長きにわたって太陽中心軌道に探査機を回しておいて大丈夫だろうか。衛星システム・グループの厳密な検討が行われた。そして「不慮の事件がおきない限りシステムとしては大丈夫」ということが確信され、「のぞみ」は予想を超えた長旅のモードに移った。
ただ飛んでいるだけでは面白くない。搭載機器のチェックも兼ねて、「のぞみ」は太陽系空間に合っていくつかの重要な観測を行う計画も立てられた。転んで持ただでは起きない。日本の宇宙科学の強靭な執念を象徴した方針である。
まず、「のぞみ」の紫外線撮像分光計は、惑星間空間の水素ライマン・アルファ光を測定した。太陽から出てくるライマン・アルファ光は、惑星間空間に漂っている水素原子(中性)によって散乱され、惑星間空間を光らせる。それはまるで、地球を包む空気の粒子が太陽の光を散乱して美しい青空を演出している事実を連想させる。この水素はどこから来るのか。その源は星間風と呼ばれる銀河系の中の物質の流れである。だから、ライマン・アルファ光の分布図で明るく見えているのは、星間風が吹いてくる方向ということになる。この水素原子は太陽に近づくに連れて次第に太陽の紫外線を受けて電離され、陽子を生み出していく。陽子は光を散乱しないため、星間風の下流はライマン・アルファ散乱光が暗く見えているのが分かるだろう。「のぞみ」は、太陽活動の消長に応じてこの惑星間空間の水素ライマン・アルファ光が変動していく様子もとらえているのである。
地球の電離圏からは常に電荷を帯びた粒子(プラズマ)が流れ出している。プラズマは、磁場によって地球の周りに捕えられていて、その磁場に大きな乱れが生じない限り宇宙空間には逃げ出せない。平均的には、赤道面上で地球の半径の四倍くらいの高度を通過する磁力線の内側にプラズマは閉じこめられていると考えられてきた。捕えられたプラズマの90%は水素イオンであり、残りはほとんどヘリウムイオンである。このヘリウムイオンは太陽が放射した極端紫外線を散乱する。「のぞみ」の極端紫外望遠鏡がこの散乱光を捕えた。「のぞみ」の観測により、地球から遠く離れた領域(地球半径の約10倍)までヘリウムイオンが存在していることが明らかになった。

「不慮の事件」─史上最大規模の太陽フレア

しかし衛星システム・グループが指摘していた唯一の心配である「不慮の事件」は起きたのである。それは1億5,000万kmの彼方からやってきた。2002年春、太陽面で信じられないような大フレアが発生したのである。それはまさに太陽観測史上で最大規模の大爆発の一つであった。膨大な量の粒子群の直撃を受けた「のぞみ」の電源の一つがやられた。
直撃を受けた共通系電源の一部は2002年4月26目から不調になり、テレメータデータが送信できず、かつ熱制御回路が動作しない状況が現在まで続いている。その電源は、姿勢制御に使う燃料を温めるヒーターを司っており、しかも衛星の状態や観測結果を地上局にテレメータデータとして送る際の(送りやすくするための)変調をも担当している。ただし「のぞみ」はスピンで姿勢を安定しているため、半年程度の放置は問題のないことを確認した。
調べてみると、電源は正常なのだが、その下流にぶら下がる複数のサブシステムのうちの一つでショートが起こっていると推定された。そのため、電源にオンコマンドを送ると、短時間(約2msec)電源がオンとなった後、過電流のため、電源保護用のブレーカーが働いて、オフになるのである。保護するはずが邪魔をするという皮肉な展開となった。

的確な予言と辛抱強い運用

2002年の春、私がそのニュースを聞いた当時、絶望的なムードに陥っていた私が頼みの綱にしたのは、「おおすみ」以来数々の科学衛星の試練を経験し乗り越えてきたベテランの向井利典さんと、真摯な姿勢でこの問題に取り組んでいるプロジェクト・マネージャーの中谷一郎さんだった。しかも彼らには、優秀で強力なチームの支えがある。向井さんは言った、「2002年の10月には地球のスウィングバイがある。地球に接近する頃になると太陽との距離が縮まってくるから、ヒドラジンは溶け始めるよ。がたがた言ったって仕様が無い。それを気長に待ちましょ。」その後、衛星の保温の為、観測機器を順次オンとし、合わせて詳細な熱解析を行った結果、凍結している推進剤は2002年9月には自然解凍することが予測された。
テレメータ・グループの壮絶な努力が開始された。2002年5月15日、当該電源への連続オンコマンドにより、コンデンサに電荷を蓄積させ、電源電圧を一定の値まで高める操作を実施した。これは、電源電圧がコマンド実施可能領域に達することを期待して実施したものである。その過程で、ビーコンを喪失した。これは、電源電圧の不完全な立ち上がりにより、ビーコン通信系の制御回路のリレーがランダムにオン・オフされ、結果的にオフになったと推定され、地上のハードウエア試験によってこの現象を確認した。一方、この結果より、逆に、電源へのオンコマンドによるリレー状態が元のモードヘ復帰する可能性も期待されることになった。
そして電源オンコマンド送出を、約7,500回試行後、2002年7月25日に、上記の期待通り、ビーコンが復活した。さらにテレメトリの代替機能として、搭載の自律機能を用い、時間をかければ、ビーコンのオン・オフだけで探査機の状態を知る手法を発案し、探査機のハウスキーピング・データを監視することができるようになった。
活用されたのは、探査機自身の自律的な判断により、人間の介入なく一定の動作をする目的で備えられた機能である。通常は人間が監視・制御しているので用いる必要がないのだが、一朝事あるとき、人間が地上からコマンドを用いて指定した探査機の状態を示す数値を探査機のコンピュータが読み込んで、その値に基づいて、探査機がコマンドを実施するようにしてあるのである。
今回は、例えば、ある部分の温度を探査機がチェックし、その値が指定した値を越えていれば、ビーコンをオフにするような設定が可能。ビーコンの、オンとオフを確認しながら、この温度指定範囲を不等号で狭めていけば、時間さえかければ、温度の範囲を絞り込んでいくことが可能になるというわけである。探査機との距離が離れている場合は、1回の不等号の確認に数十分を要するため、この一連の作業は相当の時間を要する。ビーコン・モードだけの心細い通信路と「のぞみ」に賦与してあるこの自律化機能をフルに活用して、ちびりちびりと「のぞみ」の健康状態をチェックする気の遠くなるような作業が続けられた。
2002年8月下旬、太陽までの距離が近づいた結果、予想通り、凍結していた姿勢制御用のヒドラジンの温度がじりじりと上昇しはじめた。そしてついに解凍温度に到達したことを確認。この結果、姿勢・軌道の制御が可能となり、不具合発生後初めての姿勢変更を成功裡に実施した。

スウィングバイ

2002年9月から12月にかけて、地球スイングバイの為の軌道微調整を4回実施し、12月20日に地球から3万6,000kmの距離を通過させるスイングバイを成功裡に完了、絶妙のコントロールを見せた。その後、いったん黄道面を離れて時間稼ぎをした「のぞみ」は、再び地球にじりじりと近づいてきた。そして2003年6月、軌道の精密決定・微調整と姿勢変更を経て、6月19日23時59分53秒、「のぞみ」は高度約1万1000kmを通過、見事にスウィングバイを完了した。
これからのスケジュールは、6月末から7月中旬にかけてスウィングバイ後の軌道微調整と保温のための姿勢変更、7月中旬から10月末にかけて電源復活のためのオペレーション、11月末から12月中旬にかけては火星周回軌道投入の為の軌道微調整の実施、12月14日に火星に到達、主推進エンジンを噴射し、「のぞみ」を火星周回軌道に投入する。

復活の願いを込めて

これからの最大の難関は電源の復活オペレーションである。それには、電源下流のサブシステムにおけるショート回路を焼き切ることを目標に連続的に電源オンのコマンドを送る方法がとられる。すでに搭載ソフトの書き換えにより、コマンドの間隔を以前より短縮している。成功裡に焼き切れれば、ショートが解消され電源が復活する。
もちろんこのオペレーションにはリスクもある。ランダムに発生するリレーのオン・オフにより、ビーコンを失うこともありうるのである。その場合は、さらに電源オンのコマンドを送って、ビーコン復活をめざすことになる。電源がいったん復活すれば、その後の操作はすべて正常にもどる。そして考えたくはないが、電源復渚に失敗すれば、テレメータの送信ができないばかりでなく、ヒーターが復活しないので、二液を用いた主推進系が正常な動作をせず、火星周回軌道投入はできなくなる。
もし予定の周回軌道に入ることができなければ、満を持した「のぞみ」の観測陣のいくつもの世界初の観測の大部分が露と消えるであろう。幾度も障害を乗り越えてきた波瀾万丈の「のぞみ」チームは、その遠隔修理に向け熱い議論を展開している。幾度も起死回生のヒットを放った「のぞみ」チームの力と執念を私は信じたい。
「のぞみ」は、日本で初めての惑星探査ミッションである。これまでの息詰る経験で、すでにお釣りが来るぐらい貴重な教訓を得たとはいうものの、6月のスウィングバイ後の、まさに最大の障害を乗り越えて、来年1月にアメリカやヨーロッパの火星探査機が火星に集合する「マーズ・ラッシュ」に間に合って欲しい。私は今、祈るような思いである。
5月9日には、日本で4機目の惑星間ミッションである「はやぶさ」が、小惑星サンプルリターンを目指して内之浦を後にした。また胃の痛くなるような日々がつづいていく。せいぜい少しでも楽しい時間の割合が多くなることを念願することにしよう。(2003/6/30)

宇宙科学研究所 的川泰宣

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