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◆ ホーム >> 最新宇宙ニュース:2003年 >> さようならガリレオ探査機 〜14年の旅を終え、ついに木星へ突入〜


打ち上げを待つガリレオ探査機。
(Photo by NASA)

1989年。昭和から平成へと元号が移り変わった年。その頃、世の中にはウェブというものもなく、日本はバブル経済の真っ盛りで、好景気を謳歌していました。

この年の10月18日、スペースシャトル・アトランティスから1台の探査機が放出され、長い長い惑星間空間の旅へと赴きました。

その昔の偉大な科学者の名前をとって「ガリレオ」と名付けられた探査機は、木星というはるか彼方への旅に向かうため、まず金星へと向かう軌道へと乗りました。



ガリレオ探査機が撮影した
小惑星ガスプラ(疑似カラー画像)
(Photo by NASA)


小惑星アイーダと、その衛星ダクティル。
このガリレオ探査機の映像が、
小惑星の衛星発見のきっかけとなった。
(Photo by NASA)


スイングバイという手法を使って、探査機を加速させて木星へと向かおうとしたのです。
その後、さらに2度地球に近づいてスイングバイ加速を行った後、1995年にようやく木星へと到着することになります。もちろん、その前年、1994年に起きた、シューメーカー・レビー第9彗星の木星への激突も、しっかりと目撃しました。
また、途中で小惑星ガスプラやアイーダを撮影し、小惑星に関する研究が進むきっかけも作りました。人類がはじめて小惑星のクローズアップ画像をみることができたのも、ガリレオ探査機によってでした。小惑星アイーダに衛星を発見するという、予期していなかった大成果ももたらしました。もちろん、まだ木星に接近する前のことです。


シューメーカー・レビー第9彗星の衝突を捉えたガリレオ探査機の画像(連続写真)
(Photo by NASA)


ガリレオ衛星が捉えた木星の大赤斑。
(Photo by NASA)

人類が木星の姿を間近に垣間見たのは、1972年のパイオニア10号が最初です。その後、パイオニア11号、ボイジャー1号・2号という4機の探査機が近づき、木星やその衛星の姿を我々の目の前に明らかにしていきました。

木星は、太陽系最大の惑星です。ガスの巨大な球体である木星は、その表面にある大赤斑や高速な自転、太陽系の惑星で最強の磁場など、様々な特徴を持っています。地球や月、火星などの固体の表面を持つ惑星とは異なるその姿は、昔から謎とされてきました。

また、探査機に名前を付けられることになるガリレオが発見した4つの巨大な衛星「ガリレオ衛星」も、それぞれに特徴的な姿を持っています。太陽系唯一の活火山を持つイオ、表面が至るところ筋模様で覆われているエウロパ、太陽系最大の衛星ガニメデ、氷に閉ざされた世界のカリスト。そして、それら以外にも数多くの不思議な衛星があります。
これらの知られざる世界の解明のために旅立ったのが、ガリレオ探査機です。

過去の4機の探査機は、木星のそばを過ぎ去るだけ(フライバイ)でした。ガリレオ探査機は木星本体やガリレオ衛星の回りを回りながら、それらをより詳しく観測するという任務を負っていました。
1995年12月、ガリレオ探査機はいよいよ木星本体に接近し、本格的な木星観測を開始することになります。

ところが、ここで大きな問題が立ちはだかりました。実は1991年、金星から地球の軌道へ向かっている途中に、ガリレオ探査機のメインアンテナが故障してしまっていたのです。本来であれば、ガリレオ探査機が搭載している4.8メートルのアンテナが展開され、地球との通信を行うはずだったのですが、それができなくなってしまったのです。
この、ミッション最大の危機に、NASAの科学者や技術者たちが知恵を絞って立ち向かいました。もう1つ残った小型のアンテナで木星と地球の間で通信ができるようにしようとしたのです。
しかし、小型のアンテナでは、予定していた大容量の通信はできません。このため、地上側と衛星側のソフトウェアを書き換えて、データを圧縮して送れるようにしました。何億キロもの彼方の衛星に搭載されたソフトウェアを、バックアップのアンテナによる通信で書き換えるという大胆なチャレンジが成功し、当初の予定よりは減ったものの、私たちははるかかなたの木星から送られてくる数多くの不思議な写真をまのあたりにすることができたのです。

ガリレオ探査機が木星に到着して、最初に成し遂げた成果は、搭載されていたプローブの放出でした。このプローブ(突入機)は、木星の大気を降下して、その様子をガリレオ探査機本体に送る役割を持っていました。木星の大気に人間が作った物体が降下するのは、もちろん歴史上はじめてのことです。
プローブは時速17万キロというとてつもないスピードで大気に突入し、約1時間にわたって、木星大気のデータを取り続けました。この観測により、木星の大気が太陽とはやや異なっていることが分かり、木星大気の進化や、木星本体の形成を知る上で重要な手掛かりを得ることができました。


木星の衛星イオ。噴煙を上げる火山がみえる。
(Photo by NASA)

プローブの突入が終わると、木星とガリレオ衛星を回る本格的なミッションが始まりました。

ガリレオ探査機は、時にはイオの表面から100キロメートルという、まさにすれすれのところを飛びながら、ガリレオ衛星や木星本体のデータを取り続けました。イオの火山活動の詳細な観測を行った結果、その火山活動が地球の100倍以上も活発であることを突き止めました。月よりも小さいこの衛星が、地球よりもはるかにアクティブな火山活動を行っていることを証明したことになります。

一方、エウロパの観測により、その地下に液体の海が存在するらしい証拠を突き止めました。これは、ガリレオが搭載した磁力計によるものです。そのデータから、塩分を含む水がエウロパの地下にあるらしいことが判明したのです。これは、液体の水が、太陽系の他の惑星にあるらしいということを知らせる劇的な発見でした。
なぜなら、液体の水は、生命の誕生に欠かせないものだからです。厚い氷の底に隠された海の存在は、多くの人の想像をかきたてました。そう、太陽からはるかかなたのこの氷の衛星の奥底に、ひょっとしたら生命の存在が確認されるかもしれない…それが決しておとぎ話ではなく、科学的な観測データに基づいた理論として語れるようになってきたのです。


不思議な表面をみせる、木星の衛星エウロパ。表面は、このような溝や「しわ」のような地形で覆われている。
(Photo by NASA)

1997年にメインのミッションを終了したガリレオですが、その後も、木星本体やガリレオ衛星の観測を続けてきました。しかし、15年を経過し、衛星に積まれていた燃料も底を尽き、ついにその寿命を終えるときが近づいてきました。

2003年9月21日、ガリレオはその使命を終え、木星の本体へと突入します。打ち上げから現在までの飛行距離は実に46億キロ、まっすぐ飛べば地球から海王星を飛んでまだ余裕がある距離です。

長い長い旅の終わりに、ガリレオ探査機は最後までその使命を全うします。衝突の1時間前には、木星の衛星であるアマルテアの軌道を通過し、その軌道上にあると思われる小さい岩のかけら(デブリ)の観測を行います。そして、ガリレオ探査機が最後の交信を行うのは、木星上空9283キロの地点になると思われます。15年という、太陽系探査でも最長のミッションは、ありあまるほどの科学的な成果を私たちに遺し、ついにその幕を下ろすのです。

しかし、ガリレオ探査機が残したデータは、次の新たな探検へとつながっています。NASAでは、ガリレオ衛星をさらに詳しく調べるための計画「木星氷衛星周回機計画(JIMO: Jupiter Icy Moon Orbiter)」を進めています。
ガリレオ探査機が残した最大の成果である、木星の衛星、それも氷衛星の素顔をより詳しく探ろうという計画です。エウロパ、ガニメデ、カリストには、共に水や有機物、そして化学反応に欠かせないエネルギーがあります。何らかの条件が整えば、生命が発生していてもおかしくはないということになります。
さらにエウロパの地下の海がどのようになっているのか、そもそもそのような海が存在するのか。JIMOは、ガリレオ探査機が残していった最大の成果、最大の謎に、答えを出してくれることが期待されています。このJIMOの打ち上げは、2012年以降が予定されています。
木星という、はるかなる遠い世界へ。私たちの旅は続きます。(2003/9/19)

宇宙開発事業団 寺薗淳也

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