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◆ ホーム >> 最新宇宙ニュース:2003年 >> 宇宙飛行士会議と中国の有人飛行成功に思う

10月13日(月)の週に世界宇宙飛行士会議が開かれました。世界中から60名を越す宇宙飛行士が集まりました。これを主催している宇宙探検家協会(Association of Space Explorers)は世界の宇宙飛行士たちが作っている組織です。原則として年に一回世界各地を回りながら会議を開いてきており、日本で開催されるのは初めてのことです。同窓会的な色彩もあるのでしょうが、その時々の有人飛行にまつわる最も現在的な問題を語り合う絶好の機会にもなっているようです。

今年のテーマは「宇宙と教育」(Learning from Space)です。私自身がこの宇宙飛行士会議に期待していたことは、コロンビア事故と国際宇宙ステーションという悩ましい問題を抱えている現在の時点で、「なぜ人類は宇宙をめざすのか?」という根本命題を議論して欲しいということでした。しかし、これは掘り下げが不十分なまま終わった感じがします。木曜日に全国数箇所に宇宙飛行士たちが散って、子供たちとの交流の機会を作ってくれました。これは大成功だったようです。これはこれでやるべきことをやったのでしょうが、宇宙に実際に行った人々が、宇宙に行きたくてしょうがない人々と感動を分かち合うだけでは、決して宇宙活動の輪はひろがらないのです。私がJAXA発足に当たって何か足りないと思っている広報の問題がまさにそれです。宇宙を振り向きもしない人々に、どうやって私たちはコンタクトしていくのか? 答えはまだ出ていません。

ちょうど宇宙飛行士たちが全国で子供たちと交流している最中に、中国が初の有人飛行を成功させました。10月15日午前7時(日本時間)、中国が甘粛省の酒泉ロケット発射場から長征2Fロケットによって打ち上げた有人宇宙船「神舟」が無事に軌道に乗ったのです。これで中国は旧ソ連、アメリカに次いで世界で3番目の自力人間打上げ国となりました。神舟に乗り込んだ中国初の宇宙飛行士、楊利偉は、21時間にわたって地球を周回し、翌日午前7時過ぎ、パラシュートを使って内モンゴル自治区に無事帰還しました。

さすがに日本のマスコミは「日本が負けた」という色合いの報道が多かったようです。私自身は、あの中国に一歩先んじた1970年の日本初の衛星「おおすみ」に関わっていた人間として、一抹の寂しさを感じています。ただし不思議と悔しさは湧いてきません。年とって闘争意欲が麻痺したのかとも思いましたが、一概にそうでもないようです。

ご存知のようにJAXAは当面の重点課題に有人輸送を掲げてはいません。宇宙開発委員会も有人輸送に慎重な態度をとっています。私は、日本が有人輸送を積極的に展開するために、3つの条件があると思っています。

第一には、これまでバラバラに進められてきた将来型の宇宙輸送システムの開発に関して、JAXA誕生を契機にして統一したベクトルを作っていく努力が精力的に開始されなければならないということです。これまで地道に努力を積み重ねてきたNAL、ISAS、NASDAの人々は、スクラムジェットを前提にした単段式スペースプレーン、エアターボラム・ジェットを一段目に使う親亀・子亀型の二段式スペースプレーン、当面は観測ロケットの延長として構想されている垂直離着陸機、使い切りロケットを用いるカプセル型、同じく使い切りロケットを用いる翼を持つHOPE型などのタイプを生み出してきました。このまま平行線のまま独立してこれらが進められていけば、今後も基礎的な研究開発以上の域を出ることはあるまいと考えています。

第二は、なぜ宇宙へ人間を運ぶのかについて、宇宙がそれほど好きでない人にも納得のいく考え方を示すことです。それは一般的・情緒的な人類進出の意義に埋没しないことが大切です。経済的に苦しい状況にある(と言われる)日本が、大きなお金を使って有人輸送の技術を開発していくには、それなりの理由が必要であることは明らかです。私はコロンビア事故が巻き起こしたアメリカと世界の有人論議を学習する中で、従来型の「国家間の競争による人間の宇宙進出」という論理が曲がり角にきていることを強く感じるようになりました。中国の有人飛行の船出は、この従来の論理の延長上にあります。

日本における有人輸送は、この線に沿っていくと決して実現しないと思います。この行き方は強力な国家の主導でなければ成り立たないのです。日本の国には、そんなパワーのある政府が出現する見込みは残念ながら非常に薄いと言わざるを得ません。今の日本では、予算の縦割りを前提にしない政治、省庁間にまたがる大胆な政治改革などできるはずもないではありませんか。

人間の宇宙進出というのは、20世紀の初めにロシアのツィオルコフスキーが提唱したものです。私たち人類は立派にその提案を受け止め、それから100年たって米ソ両国の力を軸に、ここまで素晴らしい人間の宇宙進出を実現してきました。

旧ソ連が人工衛星を打ち上げればアメリカがすぐに続き、ガガーリンが軌道をめぐればすぐにアメリカがシェパード、グレンを宇宙に送り、レオーノフが宇宙遊泳をすればホワイトが宇宙空間へ出る。そしてアポロ11号の月面着陸にいたる1960年代後半のクライマックス。抜きつ抜かれつのドラマティックな展開は、はたから見ても手に汗握る面白いものでした。その間にも、ソユーズ1号、アポロ1号という悲しい犠牲はありましたが・・・・

私は中国の意図にかかわらず、中国の有人輸送の開始を、「新たな対立の軸に基づく新たな宇宙開発の競争の開始」という政治的な構図の再構築と見てはならないと思います。私たちは、新しい時代の新しい宇宙進出のパラダイムを作る時代に来ていると信じます。それは宇宙二大大国である米ロの実績を、比較的お金のある国々が追うという展開ではなく、現在「発展途上国」と呼ばれている国々も土俵に上らせて宇宙進出の意味を新たに探り、そこから出発して国際共同の努力を行う論理です。それは、第二次世界大戦後の冷戦という展開の中で実行されてきた宇宙進出の戦略を、現在の政治的社会的な背景をもとにして作り直す作業です。

このような論理を引っさげて、新しい時代に適合した、日本独自の意義と戦略を編み出して、有人輸送を国家プロジェクトとして認めてもらわなければ、とてもこの事業は実現できません。国家プロジェクトになること……これが私が必要と考える第三の点です。

その点から見ると、国際宇宙ステーションという怪物をどう私たちが乗りこなすかが勝負であるのかもしれません。それが非常に微妙な立場に立たされていることは事実です。

ツィオルコフスキーから100年、私たちは新たな100年を創造するに当たって、人間の宇宙進出の意味を改めて検討する段階に来ているようです。これはまだアメリカもロシアもヨーロッパも手がけていない新たな命題です、頭脳が勝負だから十分闘えるでしょう。それに勝利したとき、日本の宇宙開発は急展開すると信じています。高い志を持って前進すべきです。(2003/10/17)

宇宙科学研究所 的川泰宣

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