宇宙のポータルサイト UNIVERSE

最新宇宙ニュース

◆ ホーム >> 最新宇宙ニュース:2005年 >> 「はやぶさ」日記

1  11月4日のリハーサル

すでにご存知の方も多いでしょうが、「はやぶさ」チームは11月4日に、「イトカワ」表面に向かって降下していくときの様々な機能を確認するために「リハーサル降下試験」を途中まで行いましたが、自律航法機能の出力に異常を検知したため、中止をしました。その後の解析により、その要点は3つにまとめられました。

(1)画像の逐次処理において、複数のオブジェクトを認識してしまったことにより、 搭載コンピューターの処理能力を超えたこと。これについては、適切な設定を行うことで乗り越えられることがわかりました。図1を見てください。認識の閾値(threshold)の設定次第では、小さな影を判断根拠にしながら「イトカワ」を無数のオブジェクトの集合体として認識する可能性があり、結局は処理能力をはるかに超えてしまうということになります。要は閾値が的確に設定されるかどうかだろうということになりました。

イトカワ
図1 複数物体の認識

(2)リアクションホイールを2個失ったため、ジェットによる姿勢制御を実施しているわけですが、ホイールによる制御と比較すると、どうしてもばらつきの大きい並進加速度の外乱を受けることになります。そのことに伴う軌道分散が非常に大きな量に達していたことも確認されました。これについては、事前に想定していた機上の自律機能だけでは回避することは難しく、地上からのサポートをしながら克服する方針が確認されました。
結局は人間が一番頼りということです。軌道分散が思ったよりも大きいと、地上から何らかの指令電波を発信しても、目標とする位置に「はやぶさ」がいないということになりますものね。これはどうしても補償しておかなければならない事態です。

(3)4日の降下では、かなり表面に接近して高精細の画像を撮影しました。それによると、着陸・試料採取の第2候補点である「ウーメラ域」は、予想以上に大きな岩石が非常に密度濃く存在していることが判明し、着陸・試料採取には適当でないと判断するにいたりました。図2をご覧ください。「はやぶさ」着地の要求限度である1mどころか、5m〜10m級の岩塊(boulders)がゴロゴロしているのが分かります。無理して敢行して、運がよければ可能かもしれませんが、ちょっとごめんこうむりたい感じですね。

イトカワ
図2 Woomera地区の岩石密

2  11月9日のチェック・オペレーション

これらの結果を受けて、11月9日、航法誘導機能の確認を目的とした降下試験を再度実施しました。この試験は、上述の事柄をあらためて確認することと、4日に実施できなかった、近距離レーザー距離計とターゲットマーカーに関するチェックが目的でした。降下は、一度70mまで降りた後、もう一度ホームポジションからの降下を500mあたりまで行いました。本番に向けていろいろと問題は残されてはいるものの、成果としては以下のものが得られました。

・画像の処理については、9日の試験では問題は発生せず、閾値を下げるという対処法が有効に機能したものと判断されます。
・ジェットの噴射による並進加速度の外乱を補償する機能として、地上からのサポートを加味した航法機能があらたに導入され、有効に機能することが確認できました。
・近距離レーザー距離計についても、表面に接近したあたりで実際の距離を計測し、正確な出力が確認されました。 ・第2回目の降下点において、予備のターゲットマーカーの分離を試み、正常に分離されました。またフラッシュランプをマーカーに間欠的に当てて撮影し、「イトカワ」を背景とする撮影からターゲットマーカーのみを抽出する画像処理機能も確認できました。
・降下中に、着陸・試料採取の第1候補点に近い領域の高精細の撮影を行うことができ、「ミューゼス海」の表面状況を確認することができました。表面には、岩石が少なからず散見され、一定のリスクが依然存在しますが、やはり予想通り、ここが唯一の着陸・試料採取可能な箇所であるとの判断は正しかったようです(図3)。

イトカワ
図3 Muses-Sea地区の詳細

3  11月12日の再リハーサル

イトカワ
図4 探査ロボット「ミネルバ」

このチェック・オペレーションの検討と試験結果をうけて、再度のリハーサル降下試験を11月12日に実施しました。12日の再リハーサルでは、9日に経験したのに近い降下経路を予定し、「ウーメラ域」近くの上空を迂回しながら通過したのち、「ミューゼス海」への緩降下を試み、その上空で「ミネルバ」探査ロボットの放出をしました(図4)。

【再リハーサルの眼目】

12日の再リハーサルの目的は、
 A 着陸・試料採取に向けた誘導航法機能の確認
 B 近距離レーザー距離計(LRF) の較正
 C 探査ロボット「ミネルバ」の投下
でした。

まずは、日本時間同日午前3時、地上からの指令でイトカワより高度約1.4kmから降下を開始しました。慎重に降下させるため速度を十分に落として誘導したことから、予想よりも1時間ぐらい降下に時間がかかりましたが、速度と高度の制御を行いながら、表面から約55mまで接近しました。

「はやぶさ」は、着陸に際して、表面までの距離とともに、斜め下4方向への距離を計測することにより、表面へ姿勢をならわせる操作を行います。「はやぶさ」は、このために近距離レーザー高度計(LRF) を搭載していますが、これについても、4ビームすべてについて、実際に小惑星表面について測定値が正しく得られ、レーザー高度計(LIDAR)と同時に計測ができました。これは、19日の本番に向けて大きな前進となりました。

さて言うまでもなく、「はやぶさ」ミッションの最大の眼目は、小天体の探査技術の確立にあり、柱としては、すでに事あるごとに述べているように、(1)イオンエンジンの本格実用化、(2)高度な自律型探査機の技術の確立、(3)小天体からのサンプル採取の技術習得、(4)地球帰還技術の確立という4つでした。今回、姿勢制御のための3つのホイール(アメリカ製)のうち2つが故障するという条件下で、ガスジェットを巧みに駆使して運用を続けている「はやぶさ」チームにとって、オペレーション上の余裕が非常に狭隘になっていることは明らかです。12日のオペレーションでは、前述のリハーサルの目的のうち、19日のサンプル採取に直接のつながりのあるAとBが、Cよりも優先されたことは当然のことだったでしょう。このことが「ミネルバ」の運命を左右することになりました。

【探査ロボット「ミネルバ」の運命】

ミネルバ
図5 「ミネルバ」放出指令発信の様子

12日午後3時8分、地上局から「ミネルバ」放出の指令が発せられました(図5)。それが「はやぶさ」に届くまでには約16分かかります。その「固唾を呑んで見守るしかない」16分間、「ミネルバ」の関係者の一部は「はやぶさ」の動きに注目しました。「一部」といったのは、この「ミネルバ」にとっては死活の時間帯にも、人手不足のISASでは、「はやぶさ」本体の本流のミッションの運用に携わって忙しく立ち働いている強力なメンバーを抱えているからです。

「はやぶさ」は、イトカワの表面との接触を避けるため、あまり近づきすぎたら、降下から上昇に転じるようプログラムされていました。「はやぶさ」の動きを見ながら、タイミングを選んで「ミネルバ」放出の指令を送ったものの、それが「はやぶさ」に届くまでの「魔の16分間」は、ひたすら祈るしか手のない時間でした。

「ミネルバ」放出成功に一瞬どよめいた管制室
図6 「ミネルバ」放出成功に一瞬どよめいた管制室

「はやぶさ」は予想を少し超えたスピードで降下していきました。「ミネルバ」を放出するはずの時間は3時24分です。できれば降下中に放出したかったのですが、3時20分ごろに最も表面に近づいたときにそれは不可能と分かりました。あとはできるだけ表面に近い状態で上昇速度の小さいときに離したいと思っていました。

「はやぶさ」が上昇に転じました。そして確かに放出したことを告げる電波が、3時40分に地上に届きました。その16分前、つまり3時24分に、「ミネルバ」は「はやぶさ」から旅立ったことが確認されたのです。一瞬管制室はどよめきました(図6)。「はやぶさ」搭載の障害物検出センサーによっても、「ミネルバ」が探査機から分離されたことが確認されました。


しかし、放出した時刻(3時24分)での「はやぶさ」の高度は、その後の調査で約200m、十数m/秒で上昇中だったと推定されました。「微妙だねえ」──その場にいたみんなの感想です。重力の小さいイトカワの脱出速度は15〜20cm/秒です。放出時点での「はやぶさ」の上昇速度が十数cm/秒、水平方向への放出速度は5cm/秒です。合成すると、まさに「微妙」でした。

スピードからすれば、「はやぶさ」周回の長楕円軌道に乗っている可能性が非常に大きいと思います。「ミネルバ」のような探査機の場合、太陽の輻射圧で押される影響が割合に大きく、もし軌道に乗っていれば段々と高度を下げて、最終的にはイトカワ表面に降りるでしょうが、そのときには「はやぶさ」は旅立っていまっているという展開になるかも知れません。「ミネルバ」の寿命は1日半です。

放出後、「はやぶさ」と「ミネルバ」の通信は18時間にわたって確保され、「ミネルバ」は回転しながら離れていく過程で、「はやぶさ」本体の太陽電池をカラー撮影することに成功しました(図7)。逆に「はやぶさ」の広角航法カメラは、放出後212秒の時点の「ミネルバ」を撮影しております(図8)。内部の温度や電源電圧、ロボットの姿勢を示すフォトダイオードの出力などのデータを「はやぶさ」に報告してきており、搭載機器も正常であることが確認されています。「ミネルバ」のデータは、「ミネルバ」の中継器にいったん入って、そこから「はやぶさ」のデータレコーダーに入り、然る後に地球へ送信されます。その回線が生きていることも、今後の惑星探査から見て大きな成果だと考えています。

「はやぶさ」第二着陸候補点B 図7 放出された「ミネルバ」が撮影した「はやぶさ」本体の太陽電池

「はやぶさ」第二着陸候補点B 図8 放出された「ミネルバ」

「ミネルバ」による表面探査は、全体から見れば、アメリカが提供するはずだったミニローバーが、予算がないため撤退した後を受けて登場した「おまけのピンチヒッター」だったとはいえ、多くの人の苦労がしみこんだ芸術的な作品でした。今は、工学的に一定の成果をあげたことを喜ぶべきなのでしょう。着地を第一に考えれば何とかなったでしょうが、今回のオペレーションとしては、「はやぶさ」本体の危機を守るために「ミネルバ」はその小さな体を張ったという点もあるのでしょうね。

ともかく、この再リハーサルを得て、サンプル採取への確実性は大いに増しているので、再リハーサルで認識された課題を必死で乗り切る構えでいる「はやぶさ」チームのみなさんの健闘に期待をすることにします。

4  今後のスケジュール

今後の予定としては、
 1. 11月19日に、署名入りターゲットマーカーを用いて第1回目の着陸と試料採取、
 2. 11月25日に、第2回目の着陸と試料採取
を試みる予定です(図9)。なお、着陸・試料採取候補点は、どちらも「ミューゼス海」を想定しており、第2回目を実施するか否かは第1回目までの結果をみて判断することになるでしょう。実は19日は、米国航空宇宙局(NASA) の深宇宙追跡局網(DSN)のサポートが得られないことから当初はサンプリングのオペレーション日程から外されていたのですが、状況に鑑みてDSNを運用しているジェット推進研究所(JPL)の好意で、忙しいDSNのスケジュールを空けてくれることになったのです。有難いことです。
でも今回の苦労で、日本の海外追跡局がどうしても必要との認識が確かなものになったと思います。


図9 着地・採取のシーケンス

ところで面白い画像をお目にかけましょう。図10は、9日にターゲットマーカーを放出した後の画像です。これはフラッシュランプを使ってきちんと視認できるかどうかのテストなので、表面に投下することが目的ではありませんでした。放出直後のターゲットマーカーと、「イトカワ」のそばを通り抜けていく様子が鮮明に捉えられました。もう一つ、図 11,12を見てください。「イトカワ」の表面に「はやぶさ」が影を落としているのが分かりますか。地球から3億km以上も離れた孤独な空間で、太陽を背にして小さな天体の「海」に影を託すなんて、切ないほど感激的なシーンですね。


図10 予備のターゲットマーカー

  
図11 「はやぶさ」の影                図12 「はやぶさ」の影

さあ、再リハーサルの余韻を振り捨てて、20億kmの旅の総決算として、「はやぶさ」チームの息づまる大作戦が、すでに開始されています。(2005/11/14)

宇宙航空研究開発機構 的川泰宣

Copyright