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3月に宇宙少年団の子どもたちと会いに沖縄・名護に行ったら、「いつもサクラ祭りを2月にやるんだけど、今年は1月末に満開になっちゃって、祭りのときはもう散ってしまって……」という話を聞いた。札幌にいる息子からは「札幌のサクラは5月のゴールデンウィーク明けに満開だよ」と聞いている。私はどちらかと言えば山桜の方が好きなのだが、現代の日本で「サクラ」と言えば、やはり圧倒的に多くの人が「ソメイヨシノ」を思い浮かべるようである。

その対比で言えば、私の大好きなサクラのうた2つ、
   願わくは 花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃  (西行)
   四方より 花吹き入れて 鳰の海  (芭蕉)
の、前者は山桜、後者はソメイヨシノだろう。それぞれがサクラの特徴を見事に詠み込んでいるように感じる。

西行が山桜の美しさを自身の心に映しながら眺めていた様子は、彼の次の一文に明らかである。
──吉野山こずゑの花を見し日より 心は身にも添はずなりけり
   あくがるる心はさてもやまざくら 散りなんのちや身にかへるべき
   花見ればそのいはれとはなけれども 心のうちぞ苦しかりける──
このあたりの心情が、私の心に響き渡る。

西行終焉の地、弘川寺の西行桜
<写真1: 西行終焉の地、弘川寺の西行桜> [▲拡大]

芭蕉の上の句は、膳所から琵琶湖の湖面を眺めて、次のような情景をうたったものである。
──勢多・唐崎を左右の袖のごとくし、海を抱て三上山に向ふ。海は琵琶のかたちに似れば、松のひびき波をしらぶ。日えの山・比良の高根をななめに見て、音羽・石山を肩のあたりになむ置り。長柄の花を髪にかざして、鏡山の月をよそふ。──
湖水を取り巻いている四方八方のソメイヨシノが、すべて琵琶湖の水面に吹き入れられている様子が、何のてらいもなく大胆かつ率直に読み込まれていて、非常に心地よい。

膳所の桜
<写真2: 膳所の桜> [▲拡大]

日本地図の上で、桜の開花する日が同じ地点を結んだ線を「桜の開花の等期日線図」というそうだが、これを眺めると、桜の咲いている地域とこれから咲く地域との境目が、天気図の前線に似ていることから、いつの頃からか「桜前線」と呼ばれるようになった。こんな美しい響きの言葉を発明した日本人は何て素敵な国民だろうと誇りに思う。気象庁の開花予想は、都市ごとに指定してある標本木の状態で決めるそうだが、北海道の殆どの地域では、ソメイヨシノが育たないので「エゾヤマザクラ」、また奄美大島以南では「カンヒザクラ」を基準にしているそうである。そういえば、内之浦の発射場でも、ちょうど冬の打上げの季節には「ヒカンザクラ」(と現地では呼んでいます)が綺麗である。

ヒカンザクラ(内之浦)
<写真3: ヒカンザクラ(内之浦)>

そして、秋にはイチョウの黄葉する日の同じ地点を結んだ「紅葉前線」が、高地から低地へ、また北から南へと、こちらは南下していく。だから、冬の早い北国や高地では、紅葉の真っ盛りに初雪が降ることがあるわけだ。日本の四季の移ろいを味わう見事な表現が、私はとても嬉しい。

桜は毎年暖かい地方から寒い地方へと力強く咲きひろがっていく。南から北へ、沿岸部から内陸部へ、低地から高地へと、次々に満開の姿を見せていく様子を、頭の中で早回しすると、それだけでもう幸せな気分になるから、不思議である。桜の花芽は秋から冬にかけて眠る。そして冬の寒さのなかで目を覚まし、それから開花のための活動を始める。

冬の真っ只中に沖縄をスタートした桜前線は、4月が終わる頃には青森、5月連休(ゴールデンウィーク)には津軽海峡を渡って、5月上旬には春の遅い北海道に上陸する。開花してから満開になるまでの日数は、おおよその目安では、沖縄16日、九州から関東にかけては6〜8日、北陸・東北では5日、北海道は3〜4日だそうである。

桜前線
<写真4: 桜前線> [▲拡大]

さて、「桜前線」の図を見て気がついたのだが、その北上のスピードは一定ではない。春先の気温の変化が一定でないことが原因だろうが、鹿児島と東京の開花日の違いは4〜5日くらいなのに、東京で開花してから東北北部で開花するまでには、約1ヵ月もかかっている。ちょっと計算してみた。桜前線が北上する速さは、西日本から関東地方に移るときは1日に約30kmだが、東北北部を通過する頃には1日約18km程度、そして津軽海峡を越えて北海道を北上する頃には、1日に約15 kmと遅くなっている。

先日ある小学校で、「桜前線の北上のスピードを1日20kmと仮定すると、秒速はどれぐらいか?」という問題を出した。いち早く割り算を終えた、教室の後ろの方の男の子が叫んだ──「23センチ!」。すると一番前に座っていた可愛い女の子がつぶやいた──「あ、お母さんの足の大きさ……。」これは意外な発見だった。その女の子に「ああそうか。桜前線は、1秒間に君のお母さんの足の大きさだけ北へ動いて行くんだねえ。」と語りかけると、他の子どもが「ウチのお母さんは22センチしかないよ」「ウチは23.5センチ」と、口々に叫ぶ中に、「ウチは26センチ!」という声が聞こえたので、私は思わずギョッとしたが……。授業が終わった後、担任の先生が「何だか教室中がサクラのピンク色に染まったような幸せな感じでした」と言った。こんな思いつきで、子どもたちに「日本のこころ」の一端を実感させることもできることに、あらためて驚いた次第である。

ところで東京では、今年の気象庁による開花予想が、実際とは3日ほど遅れたために、数十件の苦情が殺到したそうである。私としては気象庁の係りの人に同情するが、気象庁では汚名返上に向けて、過去30年の膨大なデータの分析に取り組み始めた。来年には、今より精度の高い予測式が作られるかも知れない。でも最終的には、サクラ御本人に聞かなければ分からないだろうが……。(2006/5/8)


宇宙航空研究開発機構 的川泰宣

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